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名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)966号 判決

反訴原告

寺町忠行

反訴被告

垣見文男

主文

一  被告は、原告に対し、金一二六万五七四〇円及びこれに対する平成九年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五五五万六二五四円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成九年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、左記一1の交通事故(以下「本件事故」という。)によりブロック塀等に損害を受けた原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき損害賠償を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故

(一) 発生日時 平成八年四月二九日午後零時五〇分ころ

(二) 発生場所 愛知県春日井市天神町五三番地先道路上

(三) 被告車 自家用普通乗用自動車(岐阜 五三 ろ 一二八六)

(四) 右運転者 被告

(五) 小谷車 自家用普通乗用自動車(尾張小牧 五七 む 八九一二)

(六) 右運転者 小谷昌則

(七) 態様 信号機のない交差点において、一方通行を逆走した被告車と小谷車が出会頭で衝突し、被告車が原告所有のブロック塀(以下「本件ブロック塀」という。)に突っ込み、これを破損したもの

2  責任原因

被告は、交差点に進入するに当たり、交差道路の安全の確認を怠った過失がある。

二  争点

1  原告は、本件事故により受けた本件ブロック塀の損傷は、その北側道路に面する部分にも及び、また本件ブロック塀の補修工事には、近接するプレハブ(以下「本件プレハブ」という。)の撤去が必要であり、損害は次のとおりであると主張する。

(一) ブロック塀補修工事費用 金一二九万二〇〇〇円

(二) 付帯費用 金五六万二二五九円

内訳 写真代 金二二六〇円

同 金一四三〇円

植木植え換え費用 金九万四〇三九円

プレハブ建設費用 金四六万四五三〇円

(三) 安全管理費用 金二七〇万一九九五円

(四) 慰謝料 金一〇〇万円

2  一方、被告は、本件事故による本件ブロック塀の損傷は、その北側に面する部分には及んでおらず、また、本件ブロック塀の補修工事には、本件プレハブの撤去は必要なく、補修工事費用は金六二万六二四〇円であると主張し、その余の原告主張の損害は本件事故と相当因果関係がないと主張する。

第三争点についての判断

一  本件事故による本件ブロック塀の損傷の範囲

証拠(甲第一号証、乙第三号証、乙第二四号証、分離前の被告寺町幸一郎本人、証人森川正二〈ただし、同証人の証言中、後記の採用しない部分を除く。〉、証人加藤実)によると、原告宅の東側、北側が道路に面しており、ほぼその境界線上に本件ブロック塀が存在すること、本件ブロック塀はコンクリートの基礎の上にブロックを六段積み上げてできていること、本件ブロック塀の上から三段目と四段目のブロックの間に水平方向に鉄筋が入っていること、本件ブロック塀の損傷は東側道路に面する部分の一部に集中し、六段積まれたブロックの一列が倒壊し、その周辺のブロックが傾斜しているほか、東側道路に面する部分の南端から二列目のブロックの辺りと北側道路に面する部分の西端のブロックの辺りにひびがあること、右ひびは上から三段目と四段目のブロックの継ぎ目に認められること、本件ブロック塀にはその他にも老朽化によるひびがあったこと、被告車は本件ブロック塀の倒壊した部分辺りに衝突したことが認められる。

これらと当事者に争いのない事実を総合すると、本件ブロック塀の北側道路に面する部分の西端のブロックの辺りのひびは、内部の鉄筋に沿って生じていると推測するのが合理的であり、そうすると右のひびは、被告車が本件ブロック塀に衝突した際の振動が、ブロック塀の中に通してある鉄筋によって伝わったことによって生じたものと推認すべきである。

右認定に反する証人森川正二の証言は、その判断の根拠が抽象的であって、右認定を左右するに足りない。

二  本件プレハブの撤去の必要性

前掲の各証拠(ただし、証人森川正二の証言中、後記の採用しない部分を除く。)によれば、本件ブロック塀の北側道路に面する部分の内側に原告所有の本件プレハブが存在すること、本件ブロック塀と本件プレハブとの間は二五センチメートル余りの間隔しかないこと、本件プレハブの床が低く、下部の木が腐っていること、プレハブ自体老朽化していることが認められる。

これらの事実を総合すると、一般的には塀際の建造物の地盤を囲って塀の工事をすることは可能であるとしても、本件プレハブの築造年数、構造から見て、本件ブロック塀の補修工事のためには、本件プレハブの撤去が必要であると認められる。

右認定に反する証人森川正二の証言は、判断の根拠が抽象的であることに加え、同証人があくまでも本件ブロック塀の北側道路に面する部分の補修を前提としないで見積もりをしていることから、本件プレハブの撤去の必要性に関して具体的に検討したことがうかがわれず、右認定を左右するに足りないと言うべきである。

三  本件ブロック塀の補修工事費用について

前記一及び二の各認定事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故による本件ブロック塀の損壊によるその補修工事費用については、基本的には乙第一号証による見積額(ただし、後記五で認定、判断のとおり右費用の内の植木の撤去費用金五万円については、付帯費用としてこれを認めるので、これを控除するのが相当であるから、その額は金一二四万二〇〇〇円となる。)が相当である。

しかしながら、これも前記認定事実から明らかなとおり本件ブロック塀は、本件事故当時においては、相当老朽化しており、本件全証拠によっても本件事故当時における本件ブロック塀の時価相当額は不明であるものの、それはかなり低額なものであったと推定できること、右のような事情がある場合に、その補修工事費用の全額を本件事故の加害者である被告の負担させることはかえって公平の原則に反することの各事情を認めることができる。

したがって、これらの諸事情と弁論の全趣旨を考慮すれば、右見積額の二割を減じた額(具体的には金一二四万二〇〇〇円の八割である金九九万三六〇〇円。)をもって、本件事故と相当因果関係のある本件ブロック塀の補修工事費用と認めるのが相当である。

四  付帯費用のうち写真代について

証拠(乙第五号証の四及び五)及び弁論の全趣旨によると、原告が本件訴訟で書証として提出した乙第三号証、乙第六号証の二、乙第七号証及び乙第二四号証を作成するために電池、フィルム等の代金として合計金三六九〇円を支出した事実が認められるが、本件と相当因果関係のある写真代としては、弁論の全趣旨によれば金二〇〇〇円の限度でこれを認めるのが相当である。

五  付帯費用のうち植木植え換え費用について

証拠(甲第四号証の二、乙第一号証、乙第六号証の一及び二、証人加藤実)によれば、本件ブロック塀の内側に近接して、原告所有の植木が存在していること、植木の掘り出しから定植までの工事の見積額が金九万四〇三九円と見積もられていること(うち、植木掘出・仮植の費用としては金五万円)、株式会社保安企画による本件ブロック塀の補修工事の見積書にも、雑工事(植栽養生)の項に金五万円が計上されていること、有限会社エクステリヤ不二による本件ブロック塀の補修工事の見積書にも、塀際の物の撤去費用が合計一二万円計上されていることがそれぞれ認められる。

弁論の全主旨によれば、植木の撤去の必要性については被告も認めるところであるが、撤去すれば復元することが必要であり、そのことは加害者においても当然予想すべき事柄であるから、その定植の費用は本件事故と相当因果関係の範囲内にあると言うべきである。

以上の諸事実と弁論の全趣旨を総合すれば、本件ブロック塀の補修工事に伴う植木の植え換え費用としては、金九万四〇三九円と認めるのが相当である。(ただし、右には植木掘出・仮植の費用金五万円が含まれていることから、前記認定のとおり、本件ブロック塀の補修工事費用のうち、塀際の物の撤去費用〈見積額の摘要としては「雑工事、清掃、運搬諸経費」〉金一二万円から、重複する撤去費用としてから金五万円を控除するのが相当である。)

六  付帯費用のうちプレハブ建設費用について

証拠(乙第八号証)によれば、本件プレハブの撤去後、同様のプレハブを建築する工事の見積額が金四六万四五三〇円と見積もられていることが認められる。

本件ブロック塀の補修工事のため、本件プレハブの撤去が必要なことは前記二で述べたとおりであるから、右と同様に、プレハブの再建の費用は本件事故と相当因果関係の範囲内にあると言うべきであるが、一方原告において、老朽化したプレハブが新しくなると言う利益を得るわけであるから、その利益は損害額から控除すべきである。

そして、その控除すべき利益の額は、再建するプレハブの建築工事費用の八割と認めるのが相当であるから、結局のところ、本件事故と相当因果関係のあるプレハブの建設費用は金九万二九〇六円となる。

七  安全管理費用について

1  一般に、拡大損害を防止するために要した費用は、その措置が合理的である限り不法行為と相当因果関係があると言うべきである。

そこで、証拠(乙第五号証の一ないし三、乙第五号証の六及び七、乙第一〇号証の一及び二、前掲の被告寺町幸一郎本人)によれば、原告が、本件事故現場において防護柵設置のために、平成八年五月八日に防護柵リース料として金四万一二〇〇円、同年五月一三日にコンクリートの土台の代金として金一万六九五五円、同年五月一〇日に運送費用として金二万五〇〇〇円、平成八年七月一日から同年九月三〇日までの道路占有許可申請費として金二〇〇〇円、右期間の道路占有費として金三六〇〇円、平成八年一〇月一日から平成九年三月三一日までの道路占有許可申請費として金二〇〇〇円、右期間内の道路占有料として金七二〇〇円を支出したことがそれぞれ認められる。

2  ところで、原告は、本件事故による拡大損害を防止すべく、防護柵を設置し、警備員を配し、本件事故後から現在に至るまで右措置を継続していると主張しているが、元来、本件ブロック塀の損壊による安全管理措置としては、原告において、本件事故後、被告ないし被告が契約する保険会社等が、本件ブロック塀の補修工事に着手することが期待される合理的な期間内に限られ、かつその工事開始までの安全を確保するため、必要最小限度の相当性のある措置を行うことに限定して認められるものというべきである。これを本件について検討するに、前掲の各証拠によれば、本件においては、そもそも本件ブロック塀の補修工事は、最大でも一ヵ月の期間があればこれを完遂することができること、本件事故後間もなくその工事の範囲をめぐって原告と被告ないし被告が契約する保険会社等との間で紛争が生じ、右紛争に関して被告から原告の子である訴外寺町幸一郎に対し、債務不存在確認の訴えが提起され、その訴状が右訴外人に到達した平成八年六月一〇日には、原告においても、被告ないし被告が契約する保険会社等が本件ブロック塀の補修工事を実施する可能性が事実上消滅したと判断すべきであることの各事実が認められる。右各事実と弁論の全趣旨によれば、原告において、右期日である平成八年六月一〇日以降も本件の改修工事に着手せず、徒に継続した原告の本件安全管理の措置は、およそ合理的期間経過後の措置として、本件事故とは相当因果関係がないものというべきである。

したがって、前記認定の原告が支出した安全管理の措置の費用のうち、平成八年六月一〇日以前に要した防護柵リース代、コンクリート土台代金、運送費用の合計金八万三一九五円に限り本件事故と相当因果関係の範囲内にあるものと認められる。

3  なお、原告は、平成八年五月より、本件事故現場に警備員を配置している旨主張するが、右警備員配置の費用については、本件ブロック塀損壊の事故現場の安全管理の措置としては相当性を超えるものとして、右主張自体失当なものといわざるを得ないのみならず、本件全証拠によるも、右費用の支払の事実を認めるに足りる証拠がなく、いずれにしてもこれを認めることはできない。

八  慰謝料について

不法行為における損害賠償請求において、物損の精神的苦痛は、その性質上、財産上の損害が填補されることによって除去されるが、その物損が被害者の精神的平穏を著しく害するような特段の事情がある場合には、慰謝料が、認められる場合があるというべきである。

証拠(甲第一号証、乙第三号証)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、午後零時五〇分ころ、何の落ち度もない原告宅の本件ブロック塀に自動車で突っ込んだことは認められるが、それ以外に被害者たる原告の精神的平穏を著しく害したことを認めるに足る客観的な事情は存在しない。

したがって、本件では慰謝料請求は認められない。

九  以上によれば、本件事故により被った原告の損害の合計は次のとおりとなる。

1  本件ブロック塀補修工事費用 金九九万三六〇〇円

2  写真代 金二〇〇〇円

3  植木植え換え費用 金九万四〇三九円

4  プレハブ建設費用 金九万二九〇六円

5  安全管理費用 金八万三一九五円

6  合計 金一二六万五七四〇円

一〇  結論

以上によれば、原告の本訴請求は損害金一二六万五七四〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成九年三月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安間雅夫)

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